読者数:本日 名様/ 昨日   2013/01/27 からの読者総数:         ♪ご意見・ご感想など、ご自由にメッセージをどうぞ♪  
   
木造校舎2013-2014/⇒ メッセージ・ボード ← 活用アイデア自由投稿欄(^^

     - 2014   
■愛川町広報・平成26年2月15日号
「半原小学校」校庭拡張事業
旧愛川町郷土資料館特別委員会・調査結果を報告
              

        
神奈川県愛川町立 半原小学校 木造(旧)校舎

◆「木の建築フォラム」(2001年当時)有志ボランティア調査・報告書 ◆

調査メンバー
 黒田重義 〔棟梁/立体木造トラス研究家〕
 ・井爪喜久子〔一級建築士/KI一級建築士事務所〕 
 ・森 誠一  〔一級建築士/森建築設計室〕
 ・大木正美 〔一級建築士/OokWood 設計工房〕 (まとめ・文責)

  

お手入れ比較
(町民の愛着本気度比較
 
Last Update:2014 / 02 / 22
[ 木造校舎 ]twitter
2013年、再び 取り壊し方向、愛川町【行政文書・図面】⇒クリック
「噂の!東京マガジン」2013-10-06(日) 13:00~13:54




カナロコ by 神奈川新聞 9月18日(水)8時0分配信

県内最古の旧半原小校舎 存廃めぐり主張交錯/愛川町




神奈川県内に残存する木造校舎

半原小学校 木造校舎歴史 沿革 ※愛川町郷土誌 (昭和57年/1982年 発行版 )

愛川町木造校舎リンク集


2001年 旧・郷土資料館・収蔵品/写真・風景 紹介ページ




みんなで考えよう木造校舎2001旧版
昭和53年(1978)永久保存しようと英断した当時に校庭の大きさの問題話題はなく、生徒数も減っていく一方の現在「校庭の大きさ」拡張テーマは、バブル時代の膨張予測(今となっては「妄想」)で一度焚付けられた時代的特有願望の醒めどころを知らず、延々と「地上げ」同然の土地願望が優先した感覚ではないのだろうか?


今の場所でささやかな修繕復元・リニューアル活用していくことが、もっともお金もかからず、本質であるのに。
        ↓ 半原小学校の昔と今。 「今の校庭が狭い、狭い」って大人だけ言ってる? 
          木造校舎二棟の時代からずいぶん広くなっている歴史証言(比較)写真          
   半原小学校2013    半原小学校1975

静止画切り替えリンク ▼
       

  ■ 広域写真(半原上空) 今昔比較・自動切換え表示→Link クリック)  (1975年←→2013年)
  ■ 広域写真(半原上空)  別アングル(静止画1975年) 

↓ 

昭和23(1948)年1月撮影 ↓

◆ 記録に「大正15(1926)年4月に新築・・・昭和25 (1950)年8月に裏校舎屋根総葺き替え」とあり、それ以前の航空写真に写っている「高い棟(瓦)形状」の屋根原型と思われる。


周期的に持ち上がる 【 取り壊し問題 】の本質は?

  『 楢山節考

「文化財」も プレハブ校舎 も一緒くた? 検討委員会 検討結果
壊すための「理由」 を検討する会議?
単なる「学校施設」 としてではなく、 登録文化財 】にすべき価値がある建物。

愛川町 「郷土資料館」として生き残った 木造(旧)校舎と、その後の蚊帳の外 
■ 2004 (平成16)年~ (新)郷土資料館 (RC造 新築)基本計画 経過  
■ 2005    同  基本計画 (案)  
■ 2006    同  基本計画(案)についてパブリック・コメント


◆ あたらしく鉄筋コンクリート「郷土資料館」を県立公園ダムサイトに新築すると決めてから、8年間

◆ 用済み「旧木造校舎」建物文化財をどうするのか、メンテ保守らしい保守もせず、壊す時期を見計らっていた?・・・

◆ パブリック・コメント・・には
 (新たにRCでつくる基本方針案のみ。「木造校舎」をどうするかのテーマははじめからない。)



※ どういうわけか?「旧・木造校舎」を、「文化財」として認めると困るという忖度意図が・・・

◆参考:⇒ 2001年取り壊し計画 当時の有志「保存・提案」活動

参考:⇒ 木造校舎「(2001当時)郷土資料館」 の歴史的建造物評価(第一次調査)報告
(小屋裏ほか写真&解説 by 「(NPO)木の建築フォラム」有志2001)


  ( 壊すための理由?:「校庭が狭い?」二次的理由 検証)


愛川町公立小学校の各校庭の広さ比較同縮尺)
(児童生徒数:平成12年→平成24年推移 )

航空写真資料:(C) Google Map 2013 (同高度・等倍)

半原小学校 4,879㎡(?)
(児童生徒数:561人→426人
田代小学校 5,579㎡
(児童生徒数:281→189人)
高峰小学校 8,122㎡
(児童生徒数:318→206人 )
中津小学校 7,932㎡
(児童生徒数:619→564人 )
中津第二小学校 7,686㎡
(児童生徒数:466→439人)
菅原小学校 9,440㎡
(児童生徒数:550→463人
 
 愛川町・小学校の児童生徒数
平成12年(2000年)当時 町資料
小学校名

児童生徒数

屋外運動場
面積
(平成3)
※注2

一人当面積

平成12 ※注1

平成24

平成12 ※注3

平成24
半原小 561人 426 4,879㎡???  8.70㎡/人 11.45㎡/人
田代小 281 189 5,579 19.85  
高峰小 318 206 8,122 25.54  
中津小 619 564 7,932 12.81  
中津第二小 466 439 7,686 16.49  
菅原小 550 463 9,440 17.16  

注1)児童生徒数は、平成12年度統計資料/「半原小校庭拡張事業案」町行政資料
注2)屋外運動場面積は、事業説明資料中「保有面積」として記載されているもの(平成3年5月1日当時資料)
   ・平成3年度学校台帳上の「屋外運動場面積」と思われる
   ・算定区域、実測方法等、数値については確定資料・根拠に乏しい
注3)平成4年度拡張事業案では、一人当10㎡が適当目安(学校教育法 小学校設置基準)
愛川町・小学校の児童生徒数
(平成 24 年5月1日現在 町資料)
学校名 1年 2年 3年 4年 5年 6年 合計
半原小学校 63 56 70 66 86 85 426
田代小学校 32 27 34 29 31 36 189
高峰小学校 27 35 36 32 33 43 206
中津小学校 98 76 87 110 97 96 564
中津第二小学校 61 65 61 83 91 78 439
菅原小学校 74 71 67 88 81 82 463
児童数合計 355 330 355 408 419 420 2,287

生徒一人あたり10㎡(約6畳一間)以上
とした【基準】、「なぜその大きさが基準?」
と根拠を突き詰めて行くと、明確な根拠に欠ける。
「教室の天井高は3m以上なくてはいけない」
と規定された【建築基準法】も、 なぜその高さ?」
と根拠・理由を問うていくと、どうにも時代錯誤・・

結局【基準法】が改正されることとなった。
この一旦【基準】になった面積、国の助成金が出る
・出ないの基準数値とした。という使われ方が真相。



愛川町郷土誌 (昭和57年/1982年 発行)「 半原小学校 沿革」 から

平成24年の生徒数 :426
  昭和55年(=53年鉄筋校舎新設から2年後の)生徒数 :429
生徒数も校庭大きさも現状とほとんど同じ。その時点「校庭が狭い」という声は? 
木造校舎が二棟建っていた時代より校庭は大きくなっていた。 (→比較写真


校庭拡張は駐車用?