(2)【 日本伝統木造建築の技術の真骨頂「すみ木」】
(1)日本伝統の技と知識 誇り Taradition of Technique and Mind
【建築用語辞典】
建築用語辞典編集委員会編

すみ(隅)合掌:洋風小屋組みにおいて(45°)方向にある合掌 

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【日本民家語彙解説辞典】
日本建築学会編
隅合掌:

(各地の民家において)茅葺き寄せ棟造り屋根で、四隅から棟木方向に向かう合掌材を指す呼称。スミサス(隅叉首)やスミギ(隅木)などの呼称も各地に併存する。



 丸太を最低3本組んでお互いを建てかければ、屋根構造と空間ができる。。。

日本の建物の屋根構造の特色は、叉首(さす)、合掌(がっしょう)と呼ばれる斜材を三次元方向に組合わせる、縄文竪穴式住居草葺屋根以来の、「立体トラス」の系譜を営々と受け継いだものと言える。

 名にし負う宮(廷)大工の技とは、ほとんどがこの屋根の斜材と「」を収める(規矩術と呼ばれる)工作図知識・技能の伝承と言っていい。

 明治期にいきなり持ち込まれた洋風建築においても、ただの洋風小屋組み(トラス)の平面的な三角形の骨組みの並列だけではなく、この「隅合掌トラス」という「隅」を収める宮大工ならではの技の伝統と創意があったからこそ、破綻をきたすことなく、当時の独特の寄せ棟デザインを支え得たのだろう。

 半原小学校木造旧校舎(資料館)のシルエットも、周囲の( 寄棟 屋根形状の)建売新興住宅群と大差もない・ただ古いだけの建物として見過ごされてしまうであろう。
 が、実は、日本の近代建築技術の粋を受け継いだ本物、文字通りの骨のある血統書付きの存在なのである。
(半原小学校・木造旧校舎の場合は、屋根の表見があまりに応急処置・軽薄的なトタン桟葺きといった仕様に改変させられ、相当なイメージ・マイナスを背負わされた、一層の悲しさがある。)
 西欧技術崇拝一辺倒的な激しい変動の時代にさえ、あらたな工夫で対応し生き抜いてきた日本の木造技術の象徴。

 肝心なことは、表層のカタチばかりの模型作り屋さん、現場おっつけ大工さんモドキに、いくら写真や模型や資料を残したところで・・・実際に複雑な角度・形状で組み合わさる部材を事前に墨付けして加工できる実践技術、この日本固有の木造の工法の技は決して継承されないということだ。

この技を学びたい、自分が継承したいと思う大工技術・知識志向の若者は決して少なくはない。

 その実践の場を作る。それも文化財保存には絶対必要な機会なのだ。

 またひとつ「隅合掌」建物が消えた・・・というニュースばかりでなく、「隅合掌建物が(実践技術が)継承された」というニュースが飛び交うような、自分たちの文化への誇りを見直す方向性を持ちたいものである。


(参考)洋風トラスの形状種類 =>すべて平面的な骨組み
【建築標準図解辞典 】
Architectural Graphic Standards AIA Edition


隅合掌,近代建築についてのリンク集



(四国)宇和島市歴史資料館 (明治17年創建) 移築
 (登録文化財)
「明治初期、文明開化の中で地元の工匠たちが懸命に努力した擬洋風建築で、玄関ポーチ、ペディメント、窓、トラス組などに特徴があり、国の登録文化財。
幾人かの建築家がその解明に努力してきたが、当建築を受入れた宇和島市から西海町へ売渡す契約書の木材明細に「蕪束」の部材名があることから、創建当時から隅合掌が組まれていた事が判明するに過ぎなかった・・・」
(北海道)中標津町郷土館 (昭和3年創建) 移築
「この建物の構造上の特徴には現在ではほとんど見ることができなくなった「寄棟様式小屋組隅合掌造り」の屋根や、「堅羽目腰板張及び漆喰ぬり仕上げ」の内壁、さらにおもりを利用して上下移動する「上げ下げ窓」があります・・・」
明治の小学校
旅行マニアの高橋葉子=西平葉子 さんが、旅のテーマにその足でたどった明治の小学校リスト。
日本近代建築館
日本建築学会の「文化財建造物総目録WG」という、近代建築をはじめとする日本の建物の総目録を作る大プロジェクトにも呼ばれるほど私設データベースを充実されてきた前村さんの、日本近代建築のホームページ。

愛川町の木造校舎